自衛隊協力会発足式で集団的自衛権反対

2014 02.27

中川村ホームページ「村長からのメッセージ」より転載

2014年2月27日
曽我逸郎

 中川村自衛隊協力会発足会が、2月23日、村の文化センターで催された。45名の方が会員で半数近くの方が出席され、前議長の前原さんが会長に就任された。
 挨拶を求められ、概略以下のようなことをお話しした。

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 2週続けて記録的な大雪となり、各地で大きな影響がでた。中川村は自衛隊に出動を要請する程ではなかったが、雪かきに追われた。近年、異常気象が多く、いつどんな自然災害に見舞われるか分からない。
 そんな中、自衛隊の皆さんは、豪雨災害や先の東日本大震災でも、住民を助けるため奮闘努力して頂き、頭が下がる。東京電力福島第一発電所の事故による放射能災害でも、放射線量の高い中、懸命の活動をして下さった。
 日本国内のみならず海外でも活躍している。ハイチ地震の救援活動の報道で、大変印象的なシーンを見た。高校の寮を自衛隊が再建して、そのお祝いの会で、女子高生が隊員にダンスの相手を求めた。その時の隊員のはにかんだ表情がとても素敵だった。このような活動によって自衛隊は日本に対する評価も高めてくれている。その点も非常にありがたい。
 大きな自然災害があっても自衛隊の助けがあると思うと、自治体としても大変頼もしく、心強い。
 ただ、今の政治状況においては、ひとつ申し上げねばならないことがある。集団的自衛権のことだ。襲われた仲間を助けると言っても、すべての情報は米軍に集約され、米軍が分析し、判断する。結局は、米軍の指揮・命令の下でパトロールをしたり、攻撃に出たり、手足として使われることになる。
 米軍がベトナム戦争に本格的に介入するきっかけとなったトンキン湾事件は、米軍艦が北ベトナムの魚雷攻撃を受けたというものだったが、米軍によるでっちあげだった。イラク戦争の理由とされた大量破壊兵器も存在しなかった。満州事変の口実にされた柳条湖事件も関東軍による自作自演だった。戦争は大抵そのようにして始まる。
 アフガニスタンやイラクで米軍の兵士は恐ろしい体験をし、また女性や子供を殺害してしまったりした罪の意識から、心に深い傷を受け、PTSDに苦しみ、ふるさとに帰っても元通りにとけこむことができず、酒やドラッグにおぼれる若者が多いと聞く。中川村の若者にも、自衛隊の皆さんにも、そんな目に遭って欲しくない。集団的自衛権には反対する。

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 こんな挨拶をした。
 二人の方から集団的自衛権について感想を聞いた。
 自衛隊の制服の方は、「確かにそういう面もあるかもしれません・・・」と口ごもられたが、その後で、「自衛隊が米軍の一方的な指揮の下で動くということはありません。そこは線が引かれています」と仰った。形式的に線が引かれていても、実質的には米軍に使われてしまうと、私は思う。
 上伊那郡市の協力会の役員の方は、海上自衛隊におられたそうで、私の後の挨拶で、「合同演習を経験した者として、集団的自衛権で自衛隊が米軍に使われるなどということはあり得ない。」と仰った。後の懇親でも隣の席だったので尋ねたが、「昔の事例によって今のことを考えるは間違いだ」「今は日本も情報衛星を持ち、自前でしっかり情報をとっている」「特定秘密保護法によって、米軍と深い情報共有ができるようになった」とのご意見だった。過去の事例に引き当てないのは、歴史から学ぶことを否定することだし、日本と米国の情報収集力、分析力の差は情報衛星を打ち上げても圧倒的だろう。米国は西側の政府要人の携帯電話まで盗聴する。秘密保護法があっても、共有すべき情報を選択するのは米国であり、すべての情報が共有される筈はない。
 集団的自衛権に反対する考えは変わらなかった。