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2017 11.02

野党の質問時間を減らそうとするのは民主主義の真逆

 衆議院選挙で多くの議席を獲得すると、たちまち与党側は、議会での質問時間を議席数で比例配分すべきだと言い出した。

 野党:与党の質問時間の割合は、以前は7:3だったものを、自民党が野党の時代に8:2にするよう要求し、当時の与党の民主党が了解したものであるという。
 自分たちが要求して野党の質問時間を増やした経緯を頬かむりしてまでこのような恥知らずなことを言い出す現政府与党は、よほど質問されたくないのであろう。

 このサイトでは何度も申し上げていることであるが、我々は皆凡夫である。不完全で失敗ばかりしている平凡な人間だ。その凡夫が寄り集まって、なんとかなるべく間違いの少ないやり方で社会を運営していかねばならない。その方法が、民主主義である。
 民主主義は、多数決ではない。多数決では、「空気」に操られた付和雷同で大きな間違いを犯しかねない。特に日本人の場合、「空気」の乗ってはしゃぐ輩や、「空気」に抵抗できずに唯々諾々と服従する人が多いように思われ、おかしな方向に走り出す危険性は高い。みんなで歩調を合わせることばかりに躍起になって、行先もわからぬまま突き進む「ムカデ競争」社会に陥りがちだ。
 本当の民主主義は、熟議である。少数意見であれ黙殺せず、議論し批判しあう。間違っているものは論破し、異なる意見は批判しあうことで互いに考えを深め合っていく。そのようにして凡夫の過ちをできる限りそぎ落として正しい答えを探っていくのが本来の民主主義だ。
 今回の、野党の質問時間を減らそうとする与党の考えは、民主主義の真逆である。政府与党、すなわち執行する側は、安倍首相の言葉どおりに、批判を積極的に聞いてそこから学ぶ「謙虚な」姿勢を持たねばならない。このところの日本は、政治的にも経済的にも重要性を失い凋落の一途なのだから、どのような国にすべきか熟議によって一から真摯に問い直さねばならない。政治が正しければ、国民の生活を向上させ、世界の人々にも貢献する国になれるはずだ。

 野党の質問時間を削減しようとする今回の与党の態度は、国民のことはどうでもよくて、よい国づくりをしようとする志もなく、自分たちの権力維持だけが重要で、誰にも批判させないという考えの表れである。

2017 10.25

日本経済の現況

 今回の衆院選(2017年)に立候補したことで、古い友人からメールを貰った。由緒正しい企業の役員をしている。忙しい立場だろうが、これからも続けてやりとりができると嬉しい。
 下は、私からのメール。

*****

 忖度させたり、型にはめるばかりで、のびのびと個性を発揮させて活躍させることをしない日本の空気が、わくわくさせる新製品、新サービスを生めなくしており、日本経済の沈滞を招いていると思います。
 安倍政権は時代遅れになりつつある大企業を優遇するばかりで、大企業は人件費をコストと考え削減し、その結果人々の購買力は低下し、内需はやせ細る。優遇され人件費を削減しても、新たな投資先を見つける目を持たない大企業は、内部留保を貯め込むだけで、国内で金が回っていかない。内部留保は海外のタックスヘイブンに流出し、その金は、海外の元気のいい先端企業に投資され、ますます日本経済は置いてけぼりをくう。
 アベノミクスも、投資家にとって分かりやすく儲けを吸い取りやすいやり方だから投資家は歓迎しているのであって、一般国民の実生活の底上げには繋がっていない。
 要は、バブルの時に実力もないまま成功体験に酔いしれた連中が、その思い上がりのまま今のトップに居座っているのが、諸悪の元凶でしょう。政治も含めて。
 日本経済の現状については、概ねこのように感じています。
 いずれまたご教授ください。じっくりお話を伺える機会を楽しみにしております。

****様
             2017年10月24日                    曽我逸郎

2017 10.24

御礼。衆院選、残念ながら安倍政権&小池新党に立ちはだかれず。 
2017年10月24日
今回の衆議院選挙でお世話になった皆様へ
御礼
長野5区候補者だった
曽我逸郎
 今回の選挙戦では多くの方々に一方ならぬご支援を賜り、真に有難うございました。
 ひょっとすると、という期待もありましたが、やはりそんなに甘いものではありませんでした。運動中、今の政治に危機感をもった人たちの熱い思いを何度も感じましたが、得票数をみれば、広がりをつくるには至らなかったと認めざるを得ません。多くの人々の胸にわだかまっている不安を受け止めて、一つの力にまとめ上げる受け皿になれなかったことは大変残念です。やはり時間が足りませんでした。
 小池新党の出現を受け10月2日夜に急遽開いた会議で何の準備もないまま出馬することになり、翌3日に記者発表、10日公示という慌ただしいスケジュールをあらため思い返すと、よくできたものだと感心もします。しかも、伊那谷市民連合という、野党共闘を呼び掛けるためだけの、自分たち自身では選挙をしたこともない寄り合い所帯でありました。伊那、中川、飯田、それぞれに個性的で独自のスキルを備えた人たちが梁山泊のように結集し、事務所の開設、選挙カーの準備、マスコミ対応、広報・印刷物の制作、集会などの仕込み、食事の手配、電話かけなど、私の気づかないところでもたくさんの皆さんが自主的に懸命に取り組んで下さいました。そのおかげで短期間にもかかわらず、これだけの票を得ることができたのだと思います。
 また、共産党、社民党、緑の党、上伊那の立憲民主党の皆様のご支援にも感謝します。皆様のご協力、アドバイスでなんとか選挙戦をやりとおすことができました。特に、共産党の水野さんは、出馬に向けた準備を重ねてこられたのに、無所属候補が出るならと、道を譲って下さいました。真に申し訳なく思います。
 今回の選挙を総括すれば、小池百合子氏にかき回されてしまいました。改憲勢力に対抗する一枚岩をつくり上げることができなかったのは、非常に残念です。安倍首相と小池氏とは同類であり、そのどちらの陣営にも伊那谷から一議席を与えてはならなかったのに、、。
 
 選挙が終わり、強い勢力を維持した与党とその補完勢力は、これまで以上に自分勝手な振る舞いを始めることでしょう。改憲の画策もいよいよ本格化してくると思います。
 それに対抗するため、今回の取組みの経験とつながりを活かして、市民の側の強力な体勢をつくることが、とても重要だと考えます。
 また、若者たちに、自分たちの苦しさの原因は国の仕組みにあり、国の仕組みを変えるには政治に関心を持つことが必要だと分かってもらうことも大きな課題です。
 何卒、引き続きのご尽力をよろしくお願い申し上げます。
 大変ありがとうございました。
 
得票数
  宮下一郎(自)   91,542
  曽我逸郎(無)   48,588
  中嶋康介(民→希) 43,425

 

2017 10.05

安倍政権・小池新党に立ちはだかる 衆院選挙に出馬します

 安倍政権がやってきたこと、やろうとしていることは、問題だらけです。
 憲法改変、集団的自衛権、共謀罪、TPP、種子法廃止、お仲間への利益(税金)誘導、原発再稼働、北朝鮮危機の煽り立て、などなど、数え上げればきりがありません。
 それ以上に、進め方のスタイルが問題です。情報の隠蔽、証拠隠滅、憲法や法制度の精神を軽んじた都合のいい解釈、その場しのぎの言い逃れ、質問・批判からの逃亡、人間かまくらに代表される力づくの運営、などなどの横着ぶり。熟議によって互いに考えを深めあい正しい答えを探るという民主主義の精神からはるかに隔たっています。もうそろそろ日本の政治をちゃんとしたものにしなければなりません。
 そういう考えで、長野5区において民進、共産、社民の3党に共闘と候補者一本化を求めてきました。ところが、実現の前に小池新党が立ち上がり、民進党の大半がそこへなだれ込むことになりました。
 マスコミの報道は、今回の衆院選を安倍政権・小池新党の政権選択選挙と位置付けています。しかし、安倍・小池両氏の考え方は、非常に近しい。選挙が終わってしまえば、小池氏はまた「ウフフ」と笑って、安倍氏と手を結ぶかもしれません。その公算は大変大きいと思います。その時は、憲法改変に必要な三分の二どころか、四分の三、ひょっとすると5分の四さえ伺う状況になっていることも考えられる。そうなると、「全権委任をもらった」と都合のいい拡大解釈をして、これまで以上に横着な国政運営が行われることでしょう。その結果、どんな恐ろしい結果にいきつくか、想像もできません。
 安倍・小池両氏に抵抗する人間が全国で出馬し、立ちはだかる必要があります。政権奪取は無理でも、「有権者をなめると怖いな、丁寧に手続きを踏んだ政治をしなくてはいけないな」という反省はさせねばなりません。安倍・小池両氏に立ちはだかる一人にならねば。この思いで2017年衆院選挙長野5区に立候補します。

2017年10月5日    曽我逸郎

2017 07.17

飯田での講演の構想など、2017、7/16
 昨日(2017年7月16日)は、少し充実した一日だったので、FBにそれを投稿した。同じ文章をこちらにも掲載しておく。来月の飯田民主商工会での講演をどうするか、書き始めると長くなったが、おかげでいい試行錯誤になった。
* * * * *
 今日は早起きして、久しぶりに飯田の禅寺(長久寺)に。長らく精進を怠っていたので支離滅裂で終わるかと思ったけど、結構うまく座れた。
家に戻って、飯田民主商工会からお話を頂いている来月の講演をどういう内容にするか、考えた。Workflowyで書き連ねているうち、いろんな考えが浮かんだ。
 「日本で最も美しい村」連合の理念、すなわち、外部資本に頼らず、自分たちの地域が宿す魅力・可能性を活かして持続可能な「美しい村」をつくり、美しいまま将来世代に引き継いでいく、というところから始めよう。リニア新幹線など交通網の発達が吉と出るか凶となるかは、地域の個性を活かせるかどうか。バイパスが通ってどこにでもある大きな看板が立ち並んで、昔からのお店がなくなるのは残念。安倍首相の言う「美しい国」との対比、TPPや原発によるふるさとの棄損を気にかけず、なにが「美しい国」か。
先日香港に行ったら、テスラ・モーターの電気自動車が普通にたくさん走っていた。「日本は自動車王国」はもはやガラパゴスの思い込み。内燃機関離れは着々と進んでいる。旧態依然の大企業の経営陣はなににどう投資すべきか判断できず、手厚い保護で得た利益をタックスヘイブンに積み上げるばかり、その一方で、生存のための切実なニーズを抱えた層に所得は分配されず、国内に購買力が足りないのが不況の根本原因。
自分が面白がりのめりこむところに創造性は生まれる。自分は何を求められているのかとおどおど忖度していては創造性は生まれない。型に嵌ったあり方を押し付けて上意下達で統治する空気が活力を萎ませる。
「日本で最も美しい村」連合でドイツ・オーストリアに行き、エネルギー自給の取り組みを見てきた。自分たちの地域が貧しい原因を分析し、せっかく稼いだお金がエネルギー購入に流出しているからだと解明した。それでエネルギー地域内自給の仕組み・体制を地域の人たちがみずからつくり上げた。地域の課題を地域で共有し、力を合わせて克服する。まさに地域自治。地に足の着いた身近な民主主義。
協同総合研究所の理事を仰せつかった。協同労働組合について考える集まり。協同労働組合は、地域の課題を克服するために組合を立ち上げ、持続可能な経営を模索する。これもまさに地域自治であり、民主主義の根。
中小企業は、地域の可能性や魅力の磨き手であり、地域のネットワークの核。リーダーシップを発揮し地域の様々な主体と連携し地域の課題克服にビジネスチャンスを見出し、地域自治や民主主義の成長にも貢献して頂きたい。とりわけ民主商工会の皆さんには、大いに期待申し上げる。
途中で近所の農家(信州くだもの村 富永農園)にサクランボを頂きに行った。リンゴを中心にブルーベリーなども作っておられるが、サクランボ狩りのシーズンが終わるので残っているのを採ってもいいよと声をかけて頂いた。大きなビニールハウスを少し奥まで入ると、綺麗なサクランボがまだ鈴なりに残っている。もうすぐ中国からの学生さんの体験宿泊を農家民泊で何人か受け入れるので、その時に食べてもらおう。
夜は、8月5日の中川村最大のイベント「どんちゃん祭り」に繰り出す柳沢地区のちょうちん神輿の改良作業。昨年までは村長として地酒・今錦を飲みながら本部にいたが、今年は柳沢の一村民として、神輿を気負う。頭の真上で炸裂する打ち上げ花火が楽しみだ。
2017 07.04

協同総研の理事になって 協同組合の可能性

いくつものご縁を頂いて、7月1日、一般社団法人協同総合研究所の理事になった。

とはいえ、実のところ、協同総研がどういう取り組みをしているのか、まだしっかりと把握できていない。どうやら労働者協同組合運動の発展、深化、普及をめざす団体のようだ、というのが今のところの私の理解である。

疎い分野であるが、普通、一定規模以上の企業は、資本が所有し、経営者の経営の下で労働者が賃労働をする、という構造になっていると思う。所有と経営と労働が分裂しているわけだ。その中で、一番弱い立場の労働者が、搾取、疎外、分断、解雇、失業などに晒されやすい。
それに対して、労働者協同組合は、労働者が組合をつくって、自分たちでそれを所有し、経営しようという取り組みだ。労働者が、組織の所有と経営も行っていく。

協同総研が、所有と経営と労働の分離を理念として否定し、労働者協同組合の形に全面的に移行すべきだと考えているのかどうかは分からない。少なくとも当面は、上に述べた、資本・経営・労働が分離したあり方も認めつつ、そこから生まれる弊害を補正し、労働者を守る役割を強化しようとしているのだと思う。

ところで、組合といえば、農業協同組合や森林組合がある。これらは生産者が集まって作った組合だ。生協(生活者協同組合)は消費者の組合だ。組合のベースとなるのは、賃労働者だけではなく、生産者や消費者も組合を設立し運営する主体になれる。

ここで思い出したのが、ドイツやオーストリアで見た自然エネルギーを地域で自給する組織だ。
働いても地域が貧しいのはなぜかと分析した結果、せっかく稼いだお金が地域外に流出しているからだと判った。そのうちでもっとも大きいのは、エネルギー購入によって産油国やロシア(天然ガス代)に流れている分である。であれば、地域でエネルギーを自給できれば、お金が地域の中で回る。そう考えた彼らは、薪や木チップのボイラーで湯を沸かし、地域を循環させる断熱パイプを埋設した。つまり、エネルギーの消費の分析から始めて、熱エネルギー供給、バイオマス燃料調達に広がる自主的組織を立ち上げたのだ。この組織が厳密にいって組合という形態かどうかは分からないが、おそらくそうだと思う。

つまり、どんな分野、どんな課題であれ、地域で共有して、それをみんなで持続可能な形で克服しようとするとき、協同組合という取り組みが大きなツールになる。

そして、ドイツ、オーストリアの取り組みを見て強く感じたことは、行政の関与が乏しく、住民の自主性、主体性が目立った点だ。
日本だと、地域に課題があれば、行政に解決させようとする。ところが、ドイツ、オーストリアでは、日本とは自治体の役割が異なるのであろうが、行政に問題提起するよりも、住民自らが共同組合をつくり課題を克服しようとする。その主体性に、住民自治、民主主義の強さを感じた。自治体の存在感の薄さが、逆に住民自治の強さの証なのだ。

協同総研の母体(?)である「日本労働者協同組合」には、福祉や介護、その他さまざまな地域の課題に取り組む事業体が多い。働く人たちの組合というあり方からさらに発展して、そのサービスを享受する消費者はもちろん、地域のすべての人たちがみんなで地域課題を考える場を形成する核になっていければ、労働者協同組合運動は、労働者の権利保護だけでなく地域自治をたくましく育てることもできるのではないか。

協同組合運動の可能性は広い。

2017年7月4日    曽我逸郎

2017 06.14

村長職を離れて一か月
  村長の職を辞して一か月が過ぎた。これからどうすべきか明確に決まらないまま、雑事にかまけて日は過ぎていく。書類などは一応片付いたものの、読めないまま村長室の棚に突っ込んであった本は、まだ自室の床に積み重なっている。報告というより自分の記録として、この間のことを書き留めておこう。
 下の娘が、自分の生まれたところを見たいというので、家族の内4人で香港に行った。
昔暮らしていた頃の、中国への返還直前の慌ただしい切羽詰まったようなアグレッシブな雰囲気は薄れ、全体におおらかというか余裕ができたような雰囲気があった。泊まった宿は、なんと重慶(チョンキン)マンションの上層で、気づいたときは焦ったし始めは家族もびびっていたが、狭くて古いけれど安全で親切だった。金鐘(アドミラルティ)の林立するホテルにつながるモールには、昔どおりブランドの店がずらりと並び、相変わらずの高級感。テスラ・モーターの電気自動車がたくさん普通に行きかっているのにも驚いた。スターフェリーやトラム、ダブルデッカーのバスに乗り、末娘の生まれた病院、住んでいた浅水湾(リパルスベイ)、上の子たちの通った日本人学校などを訪れ、飲茶や海鮮料理を楽しんだ。帰りには、飛行機の出発が遅れて、値段で選んだ北京経由便の乗り継ぎができず、北京空港のそばで一泊するおまけまでついた。
 香港から戻ってからは、大阪の中学の農村体験修学旅行を受け入れた。近所にできた空き家を子供たちが農家民泊に改装していたのだが、認可が取れて、一校4人ずつほどで5校それぞれ一泊二日。リンゴの摘果やぶどうの房づくり、野菜の苗の植え付けなどをしてもらい、一緒に料理をつくったり、家族は大変だったようだが、私も多少お相手した。
 就農した息子が10日余り欧州にワイン造りの勉強に行って、その間人手が足りず、命じられた生食ブドウの房づくり(花が咲く前の房のつぼみを先端3.5cmを残して摘み取る作業)やワインブドウの畑の草刈りや葛退治に汗を流した。やっと房を付け始めたせっかくの苗木2本を草刈り機で切ってしまった。
 送別会や新村長後援会など、何度か飲む集まりもあった。
 原告の一員に加えてもらっているTPP反対訴訟の判決の傍聴に東京地裁に出向き、「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」第3回総会に出席した。遺伝子組み換え作物の多面的な危険について、印鑰智哉さんの講演を聞いた。その報告は、こちら
 政治的な活動は、他にも阿南町で講演をしたり、いくつかの集まりに顔をだした。6月17、18日の土日は、中川村で長野地域住民大学が開催され、初日は大東文化大学前学長の太田政男さんのコーディネートで岡庭一雄元阿智村長とディスカッションをする。(13:00~中川村文化センター)
 伊那谷ワイガヤ会という集まりも立ち上げた。憲法記念日に長野市で『標的の島 風かたか』を観て三上智恵監督の講演を聞いた際、沖縄の問題は日本政府が問題であり、それを許している我々の問題だと感じた。「信州と沖縄を結ぶ会」の方からも、南信で活動を立ち上げられないか、との意見があった。それで有志を募ったのだが、共謀罪やらの動きもあるし、月に一度集まって、広いテーマで自由に堂々と楽しくオープンに議論して、共謀罪なんかに委縮しないところを示そう、ということになった。次回は、6月21日(水)19時に集まるので、ご興味あればご連絡を。

そんなことで、こうして書き出してみると、一か月の間に結構いろいろやったんだと自分でも思う。しかし、これから何をどうすべきかというと、なかなか絞り込めない。

 学生の頃、なにが価値があるのか、なにをすれば意味があるのか、ずいぶん考えた。結局、そんな問いは自分に価値を与えたいという我執であって、人生には意味も価値も目的もない、という結論に達した。今もそれは変わらない。しかし、還暦に達して、元気に活動できるのは、あと幾夏か、幾冬かと考えると、だらだらと過ごしているわけにもいかない。
15年前に半分出家(会社勤めは棄てるけど家族は棄てないこと)といきがって中川村に移り住んだのは、釈尊の教えの勉強にもっと時間を割くためだった。今回村長を辞めて、2度目の半分出家ということになる。釈尊の教えについて発信し、批判をもらう場として、このホームページも今年になって刷新したのだが、新しい記事はほとんど書けずにいる。もっと本を読んで最新の研究成果を仕入れるなり、違う視点から自分の仏教理解を見直してみる必要がある。
ヒンドゥー教から仏教への集団改宗を導く佐々井秀嶺師の中部インド、ナグプールでの活動についても、昨年秋の訪問だけでは不十分だし、インド北部の釈尊の足跡も訪ねなければならない。
タイかビルマかの上座部の寺でしばらく出家修行するのも、収穫は多いだろう。
外国ということでは、韓国にも一度は行ってみたい。これまでの様々な歴史を振り返り、今後の関係を考える縁にしたい。
沖縄にも一定の頻度で通って、現状を知り、学び続けねばならないと思う。
それにまた、安倍政権の理念のない横道も阻止しなければ、看過できない苦をこれまで以上に広げかねない。そのための発信にも取り組まねばならない。

列挙してみると、やっぱりいろいろとテーマがある。計画したところでそのとおりにできないことは分かっているが、全体を俯瞰し課題を確認しながら、そのときにできることをしっかりと実践していきたい。

2017 06.12

TPP反対訴訟と遺伝子組み換え作物について

先日(2017年6月7日)「TPP締結差止・違憲確認訴訟」の判決傍聴(@東京地裁)と『TPP交渉差止・違憲訴訟の会』総会に行ってきた。(同会HP:http://tpphantai.com/

判決は、「行政権の行使は民事訴訟の対象にならない」とか「TPP協定はまだ発効していないから、具体的な権利や利益は侵害されていない」といった形式論による門前払いで、TPPの内実について議論することから逃げており、「憲法の番人」としての司法の自覚に欠けるものだった。
裁判傍聴後の総会では、抗議声明が出され、控訴すること、行政訴訟も行うことが決議された。

また総会では、水道民営化に道を開く水道法改定や主要農作物種子法の廃止が、TPPに向けた先取りではないかと危惧され、特に後者に関連して、「日本の種子(たね)を守る有志の会」の印鑰智哉(いんやくともや)氏の講演があり、グローバル化学企業の遺伝子組み換え技術による農業支配の危険についてよく理解できた。その概略は以下の通り(文責:曽我)。

* * * * *

 グローバル化学企業は、戦争に爆薬や生物兵器(枯葉剤など)を売り込んで大きくなり、その技術を化学肥料や農薬に転用して農業に参入した。70年代、遺伝子操作された細菌が発明物として特許を認められた。それ以降、GATT-WTO TRIPS条約やUPOV1991条約によって、遺伝子組み換え(GM)で作られた作物の排他的権利が認められるようになった。これらの条約を批准した国は独自個別の基準で遺伝子組み換え作物(GMO)を規制することはできないし、遺伝子操作の情報開示を義務付けることは禁止され、遺伝子組み換えの特許のルールは米国に準ずることになる。TPPに参加すると、UPOV条約を批准せねばならない。

本来、農家は自分らの種を持っており、自分の作物から種子をとり、保存し、交換し、共有してきた。これを制限し、大企業が独占する種子を毎年農家に買わせようとする上記の条約や法律の動きに、特に南米で激しい反対が起こり、「モンサント法」はコロンビアやグアテマラなどで撤回に追い込まれた。また、欧州のみならず北米でもGMOの危険性への不安が消費者に広がっており、GMOの普及は一時の勢いを失っている。(曽我補筆:除草剤耐性を与えられたGMOは、除草剤をじゃぶじゃぶとかけられ、他の植物が全くはえない裸地の圃場で育成される。殺虫毒素を組み込んだGMOでは、毒素は人間には吸収されないとされているが、カナダでの調査では妊婦や胎児の血液中から高い頻度で検出されている。家畜に与えたGMO飼料の毒素が肉や牛乳、卵などを経由して人体に入ったと考えられる。)

一方、日本は、イネ、麦、大豆の良質の種子を都道府県が管理することを定めた「主要農作物種子法」を、民間企業の品種開発や種子供給ビジネスへの意欲を阻害しているという理由で、来年4月に廃止する。これは、TPP(またはそれに代わって、グローバル企業による種子利権寡占体制に道を開く新条約)への下準備であると考えざるを得ない。

一般に、GMは生産性の向上をもたらすと考えられがちだが、現実はそうではない。ブラジルでの大豆生産の事例をみると、収穫高、利益ともに遺伝子組み換えでない方(Non GM)が高い。しかも、Non GMが年々着実に生産性を上げているのに対して、GMでは生産性の向上が見られない。

また、最近では、植物のみならず、動物でもGMが広がりつつあるし、GMのさらに上をいく合成生物(人工的に一から塩基配列を設計されたDNAによって自己増殖する生命体)の研究も進んでいる。これらが環境に漏れ出した場合、生態系にどのような影響をもたらすのか、非常に心配されるが、規制対象にはなっていない。

地球温暖化対策として、二酸化炭素排出規制や森林保全が叫ばれているが、二酸化炭素の吸収は、植物それ自体よりも植物の働きによって土壌に吸収される方がはるかに多い。植物は、二酸化炭素を光合成で炭水化物にして根から土壌に供給している。そこに土中の微生物が集まり、植物にミネラルをもたらす共生が行われている。ところが、化学肥料や農薬は、この、植物と土中微生物の相互依存の共生を止めてしまう。植物は、このような共生する善玉微生物に守られ悪玉微生物の害を防いでいる。微生物との共生を絶たれた植物は、化学肥料や農薬にますます依存せざるを得なくなり、大地は生命を育む力をどんどん失っていく。生命は大きな環境、生態系の中で複雑に依存しあって生きているのに、その一部だけを見て対症療法的な処置をすると思いがけない事態を招く。

日本では、GMOの商業栽培は今のところ行われていないが、承認されたGMOの数はとびぬけて多い。もし商業栽培が始まれば、一気に広がりかねない。また、食料自給率が低く、輸入食料、輸入飼料に依存し、加工食品の原料もほとんど輸入によっている日本であるのに、GM表示の基準が緩く、既に知らないうちに諸外国より多くのGMOを直接間接に摂取していると予想される。

* * * * *

 印鑰さんの話を聞いて思ったことも書いておこう。

GMOが健康に及ぼす危険については、意識の高い消費者の間には広がりつつあるが、一般にはあまり知られていない。その理由のひとつは、国際機関や各国政府がすでにこれに関わるグローバル企業に取り込まれているからだろう。商業マスコミも、商売上の配慮なのか、突っ込んだ報道はしない。

GMOの危険は、健康への直接の影響に留まらない。世界各地、その土地その土地の自然、歴史、文化、風土に培われ、引き継がれてきた農作物の多様性が奪われるという危険だ。農家は、慣れ親しんだ品種を慣れ親しんだやり方で育てることができなくなる。それは、条約や法律を使ってそうされるだけではなく、例えば、除草剤耐性GMO圃場が広がり、大量に散布されそこから流れ出した除草剤で環境が破壊され、従来作物が作れなくなるということもある。その結果、GMOを栽培せざるを得ないことになれば、農家は毎年、特許に守られた高額の種子を買わなければならない。

TPPの最大の問題は、ISD条項に見られるように、各国の主権、自治が奪われることであるが、GMOについてもそのとおりで、受け継がれてきた文化、風土まで破壊される。

しかしながら、農山村の実情を鑑みれば、高齢化・担い手不足で疲弊し、TPPやGMO以前に、除草剤・殺菌剤などの農薬、化学肥料に頼らないとやっていけない悪循環に既に陥っている。

大きな自然の生態系に生かされた本来の農業に戻るにはどうすればいいのか。
荒れる農地を荒廃化にまかせて、一旦自然に戻し、改めて開墾すればいいのか。いや、そういうわけにはいかない。それは、農地のみならず農山村の暮らしそのものを荒廃させ、伝統・文化を終わらせることだ。
とはいえ、農薬や化学肥料を絶ち、微生物が増えて土の力が回復するのを待つには、数年の時間を要する。一挙にではなく、自然に配慮した圃場の割合をだんだんと増やしてしていくにせよ、その間の農家の経営を保障せねばならない。現状でさえほとんど成り立っていないのだ。
農業の生産性をあげるとか、儲かる農業にするとか、ましてや、輸出競争力のある作物をつくるとかではなく、農山村に暮らし、地域の共同体とともに農地を守り、農地を育むというだけの条件で、農山村で生存することへの支援をする他はないのではないか。

今回は、GMにからんで、農業と食と農村の健全な保全について考えた。しかし、TPPは、それらにとどまらず、大変幅広い分野で暮らしに大きなダメージをもたらす。
TPPは、人々の暮らしをグローバル企業に都合のいい様式に塗り固め、主体的で多様な生き方を奪おうとする。その反対に、個人の自由な主体的生き方を可能にするのがベーシック・インカム(BI)だ。BIは社会の在り方を根本から変えるので、副作用も大きいかもしれないが、検討する価値はある。農業を今の状態からあるべき姿に再生するには、それくらい抜本的な変革が必要だと思う。

2017年6月11日 曽我逸郎

2017 05.01

更新情報

10月25日、2017年

 更新情報を滞らせていた。実は、先の衆議院選挙長野5区に立候補して、選挙戦を戦っていた。結果は、自民党現職2世議員にダブルスコアとつけられての次点。民進党新人が踏み絵を踏んで小池新党に行ってしまったので、安倍政権、小池新党に勝手をやらせるわけにはいかないと、出馬することになった。ブログのコーナーで、出馬の弁、敗戦後のお礼など、関連した記事を書いています。

 ともあれ選挙が一段落したので、また本文を完成させる作業に戻ります。

7月17日、2017年

 昨日は割と充実した日だったので、その報告をブログに掲出。特に、来月の飯田民主商工会での講演でなにを話すか。地域の可能性や課題をみんなで共有して、それに取り組んでいくことは、地域をより「美しく」また持続可能にすることであり、地域の自治や民主主義を深めることでもある。中小企業の皆さんや民商は、その取り組みの核として活躍して頂きたい、といった内容を考えている。

 今日は農作業の手伝いをした。生食用ブドウの房に袋をかぶせ、さらにその上に日焼け防止のためにチラシをB5位の大きさに切ってホチキスで傘にして留める。戦力外宣言をしているにもかかわらず、駆り出されてしまう。少しなら運動不足解消にいいのだけど、、、

7月8日、2017年

 苦を生まないために執着を鎮めよと釈尊は説く。では、執着のないイヌやネコの段階に退化すべきなのか。マズローの欲求5段階説を材料に、執着のないイヌやネコと、執着だらけの凡夫と、執着を鎮めた仏とはどう違うのかを検討する。マズローの5番目の自己実現欲求は苦を生む執着であるが、苦を生んでいることを厭い、苦を生まないありかたを実現しようとする執着が発心・精進だ。執着は取り除かれるべきでなく、発心・精進へと昇華されるべきである。小論に掲載。

7月1日、2017年

 一般社団法人協同総合研究所の理事になった。まだ理解は浅いが、資本(所有)と経営と労働の分裂する状況で、所有と経営も労働者が自ら行うことで最も弱い立場の労働者を守ろうとする労働者協同組合の取り組みと、ドイツやオーストリアのエネルギー自給の取り組みをヒントに考えた協同組合活動の、すそ野の広い可能性について、ブログに掲載

6月28日、2017年

 『サピエンス全史』下巻も読んだ。感想を掲出。

6月17日、2017年

 『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリ著 柴田裕之訳 河出書房新社を読んだ。人類(ホモ属)には多くの種がいたにもかかわらず、ホモ・サピエンス種だけが残り、世界に君臨した。その理由は、サピエンスにおいて執着という仕組みが完成したのではないか、と思う。進化史上のプロセスを考察した。小論の「脳科学からのヒント」に掲出

6月12日、2017年

 先日、東京地裁のTPP反対訴訟への判決傍聴と「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」総会にいってきた。総会では、遺伝子組み換え作物がもたらす危険について、印鑰智哉さんの講演もあり、考えさせられた。その報告を掲載。

5月1日、2017年

 更新情報の更新を怠っていた。ブログをいくつか追加している。
ベーシック・インカムの関係。そして、中川村自衛隊協力会で述べた挨拶。自分たちの勝手な都合で自衛隊員を危険に晒す政府与党への怒り。北朝鮮情勢をみると、日米安保こそが日本を危険に追い込む元凶であること。それから、中川村がふるさと納税で過剰な返礼品を送らない理由。読む

4月18日、2017年

 ふたつの記事を追加。
ひとつは、中川村新入職員への言葉。森友学園事件や南スーダンの情報隠蔽などを意識して、税金で仕事をする公務員、行政の仕事は、きちんと手続きを踏み、情報を公開せねばならないこと。一方で定められたことを忠実に行って、アイヒマンになってはならないこと。行政の究極の目的、迷った時の判断基準を述べた。読む
もうひとつは、6月に中川村で長野県地域住民大学が開催され、岡庭前阿智村長、太田政男前大東文化大学長とお話をするので、その下打ち合わせと、無我と生きがい、目的、価値、主体性について、ややディープなメールを書いたので、それを掲載した。読む

2月15日、2017年

 3期12年になった村長の仕事が、5月で終了する。以降は、釈尊の教えの勉強にもう少し時間を割けるようになるだろう。1997年に始めた旧ホームページも、スマホ対応はできていないし、なにより美的センス皆無なので、これを機に刷新することにした。「日本で最も美しい村」連合の関係でお世話になっている(有)エクサピーコさんにデザインして頂き、技術的な相談にものって頂いた。感謝。内容はまだ旧サイトからの転載がほとんどで、それも十分ではないが、今後、新たな記事も含めて充実させていきたい。ご意見お聞かせ頂けるとありがたい。

2017 04.30

中川村は、なぜ返礼品でふるさと納税を募集しないか

 今朝の信濃毎日新聞一面トップ記事は、ふるさと納税に関してだった。返礼品競争の過熱にブレーキをかける総務省の通達と、それに対する長野県内市町村の戸惑いが報じられいた。
 中川村は、返礼品競争には参加していない。ふるさと納税を下さった方には、金額にかかわらず、村の広報誌を一年間送り、村の絵葉書やパンフレット、「日本で最も美しい村」連合のガイドブックを贈呈している。
 最近は少なくなったが、一時は村内でも「返礼品で村内産品生産者の売り上げに貢献し、村への寄付をたくさん集めるべきだ」との声はあった。
 一月に、移住を検討しているという方から、「なぜ返礼品によるふるさと納税募集をしないのか、財政は大丈夫なのか」というメールを頂き、以下のような返事を返した。
 中川村HP「村長の部屋」>「村長への手紙」に掲載しているが、村長交代が近いし、ふるさと納税が話題になっているので、こちらにも掲載しておく。

* * * * *

前略

 メールを下さり、有り難うございます。

 ふるさと納税については、これまでも議会他で話題になりましたが、多くの自治体が積極的に取り組み成果を競っておられる中、私の考えをはっきりと申し上げると批判とも受け止められかねず、やや奥歯にものの挟まったような言い方に留めておりました。しかし、それではなかなか真意が伝わらないようなので、最近はもう少し踏み込んで説明するようにしています。
 せっかくご質問を頂いたので、今回もそのようにいたしますが、なんであれ物事には様々な考え方がありますので、以下についても他の市町村の考えを否定するものではないことは御理解下さい。

 まず、本来のふるさと納税の考え方には賛成です。就労前と定年後はふるさとに暮らすけれど、働いて所得を得て納税する期間は都会に住むという方が多い中、ふるさとなり頑張っている自治体を支援してもらえるのは、大変ありがたいことです。
 中川村でも、ふるさと納税を頂いた方には、金額にかかわらず一律に、村の毎月の広報誌を一年間お送りし、村のパンフレットや絵はがき、村が加盟する「日本で最も美しい村」連合のガイドブックをお送りしています。また、これはふるさと納税に限りませんが、10万円を超える寄付には、夏の「どんちゃん祭り」の会場で使って貰える金券をお礼としています。

 ところが、ふるさと納税制度の取り組みの中には、本来の趣旨からはずれ、返礼品によってお金を集める仕組みに変質しているものが目につきます。ここには三つの問題があります。

 第一に、変質したふるさと納税制度は、ある程度の所得のある人たちだけが享受できる節税制度であり、自治体の税収をトータルでは毀損するという点です。
 A自治体に支払うべき税金の10万円をB自治体に振り向けて、4万円の商品を貰った人は、4万円の節税ができたことになります。一方、A、Bふたつの自治体トータルでは、同額の税収が減ってしまった訳です。こんなことを自治体が競い合ってやりだせば、地方の税収は減少し、ふるさと納税の本来の目的とは真逆の結果をもたらします。
 そして、この制度のうまみを享受できるのは、まとまった納税額がある層だけですから、不公平な制度でもあります。

 二つ目に、村の特産品の宣伝に必ずしもつながらない危険がある、という点です。
 中川村の特産品は、りんごをはじめとする果物ですが、農作物は、毎年の自然条件によって、質についても量についても、さまざま影響を受けます。雹が降ったり、害虫が発生したり、いろいろな事態に直面しつつ、農家は一所懸命によい作物を作っています。そして、様々な自然条件による出来不出来があることを理解した上で、毎年買って下さる大切なお客様がいます。一番よい品は、贈答用として、このようなお客様に第一優先で届けられています。
 もし、天候に恵まれず、収穫が少なかったり、色づきが悪かったりした場合でも、ふるさと納税の返礼品として約束していれば送らねばならず、量を確保するなら胸を張れる質でないものも加えねばなりません。ふるさと納税で返礼品を期待する人の多くは、農業の苦労を知らず、うまく得をしようとする人ほど要求は厳しいものです。少しでも不満があれば、「中川村の**はひどい」と吹聴しかねません。こうなってしまうと、手間をかけて逆宣伝をしているようなものです。丹精込めていいものをつくってきた努力が水の泡になりかねません。

 最後に、本来の商売の王道である、良いお客様と尊敬し合える関係をつくりあげて息の長いおつきあいをしようという努力が、脇に追いやられかねないという弊害です。
 ふるさと納税の返礼として村が買い上げれば、農家にとってはそこで目先の売り上げにはなります。しかし、それでよしとすれば、お客様のことを考えて、喜んで貰える商品・サービスを提供しようという意欲が減退します。
 中川村は小さい村ですし、農家はそれぞれの考えで様々な作物を作っています。つまり、多品種少量生産です。大手流通に対して価格交渉力のある商売はできません。そのかわり、多様な魅力を提供することができます。さらに、新鮮な農作物だけでなく、加工品や飲食の提供、村で過ごす時間など、いわゆる農業の6次産業化によっていろいろな楽しみを提供できるのではないかと思います。一軒の農家だけでなく、多くの農家が、そして農家でない村民も、みんなで様々な魅力を発揮すれば、知名度は低くても、コアな中川村ファンを作れるのではないか思います。そのためには、お客様としっかりしたつながりを地道に築いていくことが必要です。
 商売の基本は、お客様に評価され喜んで買ってもらえる商品サービスを提供し、評価して買って下さることに感謝することです。買って下さる方と互いに感謝しあい尊敬しあえる関係を築き上げることが商売の王道です。変質したふるさと納税によって目先の利益に走り、これがおろそかになるなら、ふるさと納税制度が廃止された時、しっぺ返しを食らうことになります。
 ふるさと納税制度を都会の人たちと縁を結ぶきっかけにすることはあり得るとは思いますが、きっかけだけのためには、上に述べたとおり、弊害が大きいと感じます。副作用の少ない利用方法を考えてはみましたが、まだいいアイデアは思い浮かびません。現状のやり方でふるさと納税を下さる方々は、純粋に中川村を応援して下さっているのですから、このご縁は大切にしていきたいと思います。

 以上がふるさと納税制度に対する考えです。

 次に、中川村の財政状況、将来負担などについてご説明します。

 中川村の財政状況は、大変健全です。
 まず、実質公債費比率で申し上げると、平成17年度に17.7だったものが、平成26年度には4.6に改善しています。長野県上伊那地方事務所のサイトで確認すると、26年度の県下市町村平均は7.2で、同事務所管内の平均は10.6です。中川村は管内8市町村で最もよい数値となっています。平成27年度は、さらに改善して3.3になりました。(管内は単純平均、県平均は加重平均)
将来負担比率については、平成19年度に算出が始まった際の中川村の数値は67.6でしたが、毎年改善を続け、平成24年度以降は「数値なし」(将来負担額が負)となっています。平成26年度の上伊那地方事務所管内平均は56.3、県平均は11.2です。
 自主財源が少ないのは確かですが、効率のよい財政運営に努めた結果、中川村は、上のとおり健全化を進めることができたと自負しております。返礼品によってふるさと納税を集めなくても、心配せねばならない状況ではありません。
 市町村の財政状況については、総務省や県のサイトで比較できますので、ご覧になって下さい。

 移り住んで頂くための施策としては、村営住宅のさらなる増設と、地区の担い手として住んでいただくための住宅分譲地の計画を進めています。また、子育て世帯の住宅取得に対する支援、新たにお店を開く際の支援や新規就農の支援制度などもあります。##さんがどういう暮らしを考えておられるのか分かりませんが、他にもいろいろなメニューがありますので、なにか計画やイメージがあれば、中川村役場の振興課にご相談下さい。
 中川村には、若い工芸作家や芸術家が多く、またフランチャイズではない、店主のこだわりが感じられる個性的なお店も少しずつ増えています。新規就農の若者もいます。
 是非中川村で暮らしていただき、地区の皆さんとお祭りをしたり、共同作業で汗を流した後慰労会で一杯飲んだり、気の合う仲間とスポーツや音楽を楽しんだり、充実した毎日を楽しんでいただけたら、と思います。私自身、家族とともにIターンでやってきましたが、個性的な魅力のある方が多く、それが一番の村の自慢です。

 どうぞお気軽にお立寄り下さい。お待ちしております。
                                  草々

##様
          2017年2月1日               中川村長 曽我逸郎