釈尊の教えと社会変革

妹尾義郎と新興仏教青年同盟

~旧サイトからの転載~

2008年3月30日
曽我逸郎

 『仏陀を背負いて街頭へ-妹尾義郎と新興仏教青年同盟-』(稲垣真美著 岩波新書青版892)を古本で見つけて、ようやく読んだ。

 妹尾を始め、その周りの大勢の仏教者たちが、深い考えを持ち、意識の高かったことに驚いた。理論ばかりではない。インターネットは勿論、交通も今よりはるかに未発達であった昭和初期において、強固な組織をつくって連携し、日本各地で果敢な実践を展開している。戦争へと突き進む昭和初期の時代において、恐れることなく仏教・社会改革と反戦・反国家主義の運動に取り組んでいる。
 はるかに恵まれた現代に生きる我々よりも、数段レベルの高い仕事だ。その主張は、今でも精彩を放っている。それは、妹尾たちの問題意識と思想が深かった証であり、同時にまた、現代日本の社会も、仏教界も、あの悲惨な戦争を体験しながら、昭和初期から少しも進歩していない、ということを示していると思う。

 妹尾の残した文章のいくつかを、同書から以下に抜き出す。

・『若人』 1927年7月号 巻頭言 (同書 p83)

 現代の僧侶たちは寺格や僧階を設けて争奪や栄進に憂き身をやつしておる。けれども、仏陀や祖師はそうであったか。現代の僧侶たちは、高価なる金襴紫緋の袈裟ころもに身をまとい、水晶の数珠をつまぐりながら、殿堂の高座に納まって説教する。けれども仏陀や祖師はそうであったか。現代の僧侶たちは酒はのむ煙草はふかす。おおよそ己の欲するものは何でも充足して、しかも人に精進求道を勧奨する。けれども仏陀や祖師はそうであったか。現代の僧侶たちの仕事は大半、葬式法要にでかけての読経である。けれども仏陀や祖師はそうであったか。

・『新興仏教青年同盟結成式 宣言』 1931年4月5日 東京・帝大仏教青年会館 (同書 p3)

 現代は苦悩する。同胞は信愛を欲して闘争を余儀なくされ、大衆はパンを求めて弾圧を食らわされる。逃避か闘争か、今や世はあげて混沌と窮迫とに彷徨する。
 かかる現代、仏教徒は何を認識し、何を社会に寄与しつつあるか。安価な安心に陶酔しておる多数仏教徒は問題とすまい。(幻想的安心の陶酔、葬儀法要の陳腐なる式典等に満足せる多数仏教徒の愚迷は問うまでもない。)いやしくも、仏教をもって人類指導の最高原理と誇る仏教徒が、果して大衆生活と何の交渉をもちつつあるか。(教界幾多の先覚学匠らが、その得々たる教学の研究、宗制の整備、不断の伝道等々、専横なる支配階級の前に臨んで、畢竟、反動的御用宗教の 役割を演ずる以外、抑々何の権威たるぞ!)彼らはいう。「宗教は超階級である。和を尊ぶ」と。だが、その実際は阿片的役割を勧めて大衆の呪詛を買い、若き仏教徒の義憤をそそる以外、何物となりつつあるであろうか。かかる現状は、純信の到底堪えうる道ではない。(止めよ、宗教は超階級的心霊の救済だとのみ叫ぶを。仏教はいまや興亡の岐路に立つ!!)しかしながら、我らはこれが矯正(革正)を既成宗団に求むべく、その因襲と堕落の余りにも深刻であることを知る。
 ここにおいてか、我らは断然、新興仏教運動を提唱せざるを得なくなったのである。(新興仏教の提唱!! しかり、新興仏教はかかる状勢下において、若き義憤の爆発せる仏教革命の先駆的運動そのものだ。)
 新興仏教は、先ず、自己反省に出発せねばならぬ。新興仏教は既に対立の意義を喪失しておる現既成宗団を否定して、仏徒は一斉に、仏陀に帰一せん事を提唱する。新興仏教は、現社会の苦悩は、主として資本主義経済組織に基因するを認めて、これが根本的革正に協力して大衆の福利を保障せんとする。ブル的仏教を革命して大衆的仏教たらしめんとする。新興仏教は思索と研究とを深めて、仏教文化の新時代的闡揚をはかり、世界和平の実を将来せんとする。(新興仏教は、 先ずブル教学者によって観念的に歪曲されたる仏教精神の再吟味に出発して、仏教本来の面目たる科学性を完全に闡明せねばならぬ。即ち、必然の理に即しつつ 実践によって愛と平等と自由とを体証されたる仏陀への渇仰と、その教理の自主的実践とを基調として、それの正しき社会的発展を強調し、それの大胆なる実践 による人格平等の新社会建設を主眼とする。従って、現代大衆の生活苦悩の主因たる資本主義経済組織改造のごときは、科学的見解に立つも人道的に情操に省みるも、大衆必然の要求、仏徒当然の使命として、文化闘争の分野においてはもちろんのこと、進んでは政治闘争としてもこれが断行に協力せねばならぬ。)
 もしそれ、現代流行せる反宗教運動のごとき、新興仏教は少しも恐るるところではない。なぜなれば我らは人間が有限にあって無限を欣求し、闘争に立つも信愛を要求する人生であるかぎり、宗教は断じて絶滅するものではないと信ずるからである。我らの求むる宗教は天地創造の神ではない。万能の神を信ずべく現代はあまりにも矛盾だらけではないか。
 我らの信ずる仏教は、必然の理に即しつつ、実践によって愛と平等と自由とを体証されたる仏陀への渇仰である。我らは、かかる渇仰は人間生活の最深処に横 たわる全きを求むる生命本然の要求であって、この要求によってこそ人類は不断に人類独自の文化形態を創造しつつあるものであるを確信する。だから、反宗教運動のごときは、それ自身の人生に対する認識不足か、もしくは神秘の殿堂にかくれた幾多の迷信への清算作用でこそあれ、反って真仏教復活のよき資糧であることを確信する。(その他、国際問題、部落問題、女性問題等々、いやしくも人格平等の仏教精神に背馳する凡ゆる社会事象に対して、新興仏教は、断乎、これが改造に邁進せんとする。而して、それらの社会的実践こそは、新興階級の発展的勢力に依拠してのみ可能であることを断然力調する。)
 青年仏教徒よ、今こそ我らの起つべき時だ。断然、因襲を捨てて一斉に仏陀に帰れ。而して、愛と平等なる仏教精神を先ず自らに体験しつつ、敢然、資本主義改造へと直進せよ。かくして、我らが理想する仏教社会建設に努力しようではないか!
 (見よ! 打ち寄する大衆的思潮を、古き伝統の動揺を。正義は何れぞ、逃避は社会的罪悪だ。起て! 青年仏教徒よ。今こそ時だ。断然起って、宗派的伝統を清算し、因襲の殻を蹴破って、一斉に仏陀の御名に於てガッチリ腕を組もうではないか。而して、これら果敢なる階級的闘争こそ、愛と平等なる仏教精神の現代的体験であり、人格完成の現代的意義であることを確信して、根かぎりの奮闘を誓うものだ。
 もしそれ、これによって蒙る迫害非難のごときは、真理の使徒が不断に蒙り来れる名誉の荊冠。もとより覚悟の前ではないか。いざ同志よ!! 新社会の建設へ!!)
(注、カッコ内はあとで加筆改訂された部分)
(横着をして、http://www.linelabo.com/31405sengen.htmよりコピーさせて頂きました。)

・『新興仏教』1931年11月号掲載 「求道日記」 (同書 p109)
 (9/18は満州事変が勃発した日。この号は発禁処分となっている。)

 9月18日。号外が出た。とうとう満州で日支両軍は火蓋を切った。奉天占領を筆頭に各地に於ける吾が軍の勝利が仰々しく報道された。開戦直接の動機は支那兵の企てたる鉄道破壊に起因したもので、わが軍事行動は正当防衛であると大々的に正義の立場を主張していた。だが、併し、正義は果たして完全に吾にのみ存するのであろうか? 洗いざらいしてみろ、やっぱり生存競争の結果ではないのか。正義はもっと高く評価されねばウソだ。吾が軍が中村(震太郎)大尉の虐殺をかつぎ出せば、彼は殺害も殺害張作霖(誌上張作霖伏字)の横死は何人がどうしたのかと叫ばまいか。(中略)何よりも満蒙は彼の領土ではなかったか。日本が露西亜の南下に備えたのはただ支那の権益のためであったろうか。否、ひっきょう日本自身の安全保障の必要行動であったのだ。かく観察して見ると、いわ ゆる正義の名目も一皮はげば落つるところは生存競争だ。支那が自国の権益を奪還せんとするのも無理の願望ではない。従ってこの場合の正義論は意味をなさな い。
 而も、戦争の願望たるや決して国家全体のそれではない。一部支配階級の利害打算からだ。戦争に支払われる無数の生霊は、つまりは支配欲のためにこそ消費される石炭とは見られないか。何よりも結果を思え。戦争によって何人が栄達し、何人が窮迫するか。金鵄勲章功七級と功一級は何が故に格段の物質的差格をつけねばならぬか。(中略)而もだ、戦争の結果必ずや将来にうち続く不況沈滞に当たって民衆はいかに苦悩するか。今日の実情は明らかに世界戦争の影響であることは世界の認めるところではないか。民衆はもはや目覚めねばウソだ。一部の財閥軍閥の煽動に乗ってはいけない。命は鴻毛より軽しと義勇奉公を叫び回る軍閥は何が故に財政逼迫の今日、余裕なき恩給令改正に反対するのか。彼らは戦争のみが“忠義”だと思うのか。咄この欺瞞!! 資本主義をこのままの戦争は民衆の苦痛増加を結果する以外の何物でもないぞ。民衆は戦争防止のために自衛的最善の努力を払わねば駄目だ。浅薄な敵愾心にかられて自ら墓穴を掘ってはなら ぬ。
 戦争は人類の最大の不幸だ。帝国主義戦争は、民衆の敵だ。人類は国家的感情の超越以上に階級対立の事実を認識して、この障害撤廃にこそ全人類の福祉の存することを思うべきである。

 以下は、妹尾の文章そのままではなく、著者・稲垣真美氏による妹尾の仏教理解の要約・解説である。(同書 p132)

 新興仏青が結成されたとき、妹尾が抱いていた思想上のモチーフについては、まえに新興仏教提唱の節でふれたが、それ以後実践を深めるにつれ、妹尾は理論的にも充実をみせて、一九三二(昭和七)年一月から、機関誌『新興仏教』の誌上に「仏教学の再批判」という論文を六回にわたって連載し(昭和七年一、二、 三、六、八、九月号)、さらに補足、修正をくわえたものを、翌一九三三(昭和八)年二月『社会変革途上の新興仏教』(新興仏教パンフレット第三集)として発行した。この論文は、新興仏青の指導原理や運動方針についてのいわゆる妹尾私案をもふくみ、彼のもっとも代表的な思想上の所産となった。
 そのなかで妹尾はまず、既成の寺院仏教に対する民衆の無関心さを述べ、仏教界がそれなりいつまでも旧態をつづけるなら、あたらしい社会状況のもとにやがて腐滅するほかないとまえおきして、はたして仏教の本質には現代の要求にこたえるだけのものがなかったかどうか、を考察し、仏教改革の可能性を追求する。 そして、彼はそこで本来の仏教のありかたについて、つぎのようなことがらを再発見している。
一、仏教は本質的に無神論を説いていること。
二、仏教は、本来死後の霊魂の不滅や、彼岸の存在などは考えていないこと。
三、仏教はけっして物資生活や経済生活を無視した精神主義、人格主義による観念的幸福を説いたものではないこと。
四、仏教徒の生活の理想は、私有を否定した僧伽(サンガ)の生活、すなわち社会主義的な共同社会ともいえるものの実現をめざしていたこと。
五、仏教本来の思想の特色は、国際主義的な人類解放にあり、国家主義的に仏教をとらえるのは時代錯誤的なあやまりであること。
六、既成諸宗派の教義はそれぞれに独断的な一種の宗教的搾取道具にすぎず、いまこそ仏陀の無我愛の人格による仏教統一の急務であること。
 ――以上の六つに要約される事項ごとに、妹尾は原始仏教経典や、歴史的な事実のうらづけによりながら具体的に解明している。
 第一の、仏教は無神論であることについていえば、いまの寺院仏教は、真宗の阿弥陀如来、日蓮宗の久遠実成の本仏、真言宗の大日如来など、なにか超人間的な絶対者を実在としてまつりあげている。が、仏教は本来こういう発想のものではない。釈尊自身、成道(じょうどう)後街頭に立ち、絶対神大梵天が万有を創造したとするバラモン教の立場を捨てたのである。仏陀の認識によると、宇宙万有は“神”の創造によるものではなく、そこにはあるがままに相依相関して不断に流転推移する現象としての存在があるにすぎない。もし常住なるものを求めるとすれば、相依相関の事実(仏教でいう縁起(えんぎ)の法)があるだけで、この事実のうえに生きる人間の解放は、苦の原因である個々の自我や私有を否定すること、すなわち無我、共同の発展的生活を営むことになければならない。仏教 で“三法印(さんぽういん)”(諸行無常、諸法無我、涅槃(ねはん)寂静)というのはこの道理なのである。いずれにせよ本来の仏教は無神論で、かりにも “仏”を売り“神”をひさぐような阿片的宗教ではなかった。
 第二に、釈尊は死後の彼岸の存在や、霊魂の不滅を考えていないことについて考えると、既成教団が説いてきた“浄土”“霊山”“地獄”“極楽”など彼岸の世界や霊魂の存在に類することがらは、そうしたものを信ずるものにとっては存在するといえばそれまでだが、実在を証明すべきなんの科学的根拠もない。しかも本来の仏教では、彼岸主義や霊魂不滅は主張されてはいないのである。
 たとえば原始仏教の雑阿含経をみると「現世にも自我を認めず」と記されてある。釈尊は現世にさえ自我を認めず、ましてや死後の自我、つまり霊魂の個的存在などは考えていなかった。したがって彼岸もないのである。円覚経には「四大分解せば塵の得べきなし」とある。四大(肉体)が分解すると微塵ものこるもの がない。心もまた消えてしまう。このとおり唯物論的といえるほどに仏教は霊魂の存続も説かなかった。しかるに、勧善懲悪的な三世因果などが仏教思想として説かれてきたのは、それが封建主義や資本主義社会の思想政策に都合がよかったからにすぎず、そのこと自体既成教団がいかに御用化していたかの証拠にほかならない。
 第三に、本来の仏教は、決して、物質や経済生活を離れた精神主義や人格主義による幻想的幸福などを説かなかったことについて、妹尾はいう。一九二八(昭 和三)年六月東京で開かれた日本宗教大会で文相勝田主計は仏教、キリスト教、神道の代表者千二百名に「社会不安の原因は物質偏重の風に帰する。精神主義の高調によってこの物質主義を克服すべく、諸君の奮励を望む」と述べたが、現在の宗教家の大部分はこんな声に踊らされる、精神主義に中毒したドン・キホーテである。
 仏陀は善生経や優婆塞戒経(うばそくかいぎょう)で、社会生活の基礎に経済をゆるがせにできないこと、物質生活を無視できないことをはっきりと説いている。いや、日本の仏教者でも法然は自分の死骸の灰は鴨川に流せといい、親鸞はあえて肉食妻帯をして、ともに空虚な精神主義を否定し、日蓮も『立正安国論』を、まず支配者に大衆の物的窮迫を訴えることからはじめている。しかるに現代の寺院仏教者が、大衆に“こころ”や精神主義を押しつけて、一方で莫大な喜捨などを受けているのでは、“説教どろぼう”といわれてもいたしかたあるまい。また、人類文化がひっきょう性欲と生産関係のうえに咲く花である以上、たんなる精神主義、人格主義は空虚な幻想であり、欺瞞にすぎぬともいえよう。
 第四に、仏教者の理想の生活は、僧伽(サンガ)、すなわち私有を否定した共同社会の実現にあることについて。現代の社会人の九割は恒産のない無産階級である。それに対して宗教家はせっせと働けなどと“精神作興”のラッパを吹きまわるが、そのように不安定な状態におかれている民衆の現象は、資本主義体制のつくりだした必然の結果なのだ。その変革を提唱し実現しようとする社会主義運動がさかんになるのは当然のことといわねばならぬ。しかも、原始仏教徒の生活をかえりみると、その理想は、私有欲を清算した僧伽の生活にあった。僧伽というのは、私欲やよくない意味での自我を捨てた共同社会生活のことであって、私有的営利的社会ではない。財物もすべて共有の、“空”“相依相関”の無我イズムを根本原理とする仏教本来の生活形態が僧伽で、寺院はもともとその共同生活の理想の実現をはかるところだったのだ。こうしてふるくから私有を苦悩の根元として否定し、共同社会の理想をもつ仏教徒が、現代の社会変革をめざす民衆とともに行動しないのはおかしいことである。
 第五に、国際協調的な平和や人類解放こそ本来の仏教徒の道で、廃仏毀釈以後国家主義的にゆがめられた旧仏教の誤謬はただされねばならない。だいたい国家主義は自国の維持発展を強調するために、武力による擁護を必要とする。ちなみに満州の問題をみても、日本の生命線などといっているが、なにによってそれを可能にしているかといえば、武力によってである。武によって立つものには武によって滅びる運命が待っている。けっしてながつづきしない。“相依相関”“無 我”の立場にもとづく本来の仏教は、そんな国家をこえた利益を説く国際主義を説いたといえる。釈尊は父祖の国を捨てて入山し、祖国の滅亡さえもよそに道を説いた。それは祖国無視ではなく、かえって真理の国家建設にこそ永遠の福利のあることを確信していたからであろう。国際主義は自国の利害より世界各国、全人類の相互の利益や共存を重んじ、軍備縮小や撤廃をめざし、人類解放の道につながるものである。明治以来の日本の仏教が国家主義に傾いたのは、廃仏毀釈以後国家政策に迎合した仏教御用化のあらわれにすぎぬ。ガンジーは叫んだ、「真理愛は祖国愛より一だん高く評価されるべきだ」と。新興仏教も仏教本来の教えからも“国家主義より国際主義へ”と叫ぶ。
 第六に、無我愛を体得した人格である仏陀の名によって、仏教諸宗派は統一されるべきである。各宗派の古典的な思弁的宗学は、それぞれ発生した時代の必然の所産ではあるが、いまとなっては宗派的搾取具かと思われるほど機械化され、進歩的仏教徒にとっては有害無益な障害になり終った。仏教学者島地大等 (1838-1911)もその著『思想と信仰』のなかで「史上の釈尊そのものが直ちに仏陀であり、われわれ人類が直ちに仏陀であって、人間の中に仏陀を見出すので、神が人間を作るのではない」と説いている。大日如来も阿弥陀如来もすべて史的釈尊から抽象されたもので、そのような絶対仏が釈尊以外に実在してわれわれを救済するわけではない。十三宗五十六派といわれる煩瑣な諸宗派はその立場を清算止揚して、釈尊の悟得した真理にかえり、仏陀の名のもとに統一されねばならない。
 ――妹尾は、このように論及して、釈尊の体現した原始仏教の本来の姿に仏教をかえし、その教理を一九三〇年代の社会不安や戦争へとはまりこんで行く日本によみがえらせ、新興仏青の抵抗としての宗教運動の指針をそこに見出だそうとした。(一部略)
 さて、以上六点に要約される仏教の新しい把握にもとづいて、妹尾は新興仏青運動の指導原理(私案)として“三帰礼”なるものをかかげた。三帰礼とは仏・法・僧の三宝に帰依することをあらわす仏教の礼拝形式の一つであるが、妹尾はこれにつぎのような意味づけをしている。
 まず“帰依僧”の僧とはさきに述べた“僧伽(サンガ)”の意味で、搾取のない人格平等の共同社会(僧伽)を実現することにつながる。つぎに“帰依法”の法とは、いうまでもなく仏教でいう空観・縁起の法、すなわち私有否定、相依相関の無我イズムの理法であって、妹尾はそれを唯物弁証法をも止揚した仏教弁証法と名づけ、それによることで仏教史観を立てる考えだったようである。そして、最後の“帰依仏”とは、僧・法の理想の体験者、唱導者としての仏陀、すなわち釈尊その人への渇仰であり、帰依である。
 妹尾はこの三帰依を指導原理とし、社会科学的、経済学的な理論をもふまえたうえで、新理想主義、新人道主義的な面をともなう、仏教の時代的実践としての新興仏青運動の方針の基礎としてうちだした。そして、彼はこうしめくくっている。
 「新しき酒は古き皮嚢(かわぶくろ)には盛らぬたとえ、新興仏青の徒は決然として進出すべきである。仏陀を背負いて街頭へと! 農漁村へと!」
 “仏陀を背負いて街頭へ”のモットーは、すでに日蓮主義青年団の時代にも用いられたものだが、ここにいたって、理論的にも方法的にもあらたなうらづけをえて、いっそうつよく仏教者に社会的実践を訴える呼びかけとなったわけである。
 (これも、http://www.linelabo.com/sinkobukkyo.htmからコピー。一部省略した。)

 妹尾が、深く正しく、恐れずに当時の時流を分析していたことに感嘆する。そして、その正しい分析の背景には、釈尊の教えがあったのだ。
 国家主義が大手を振り戦争へと突き進んだ当時の日本に、このような仏教者がいたことを誇りに思う。
 そして、その一方で、このような偉大な尊敬すべき努力がありながら、戦争への流れを止められなかったことに、暗澹たる思いも感じる。

 これは著者・稲垣氏の視点の反映に過ぎないのかもしれないが、この本に依る限り、妹尾は、人間が宿す執着の解消よりも、社会構造の改革を優先したような印象を受ける。当時の社会情勢は、そうせざるを得ない差し迫った危機だったのだから、仕方のないことかもしれないが。

 しかし、私の考えでは、執着を放置したままであれば、社会構造を改革して搾取する階級を駆逐したとしても、搾取されていた階級の中から、新たな搾取階級 が発生してくることになると思う。それは、我々が皆凡夫であるからだ。搾取するものも、搾取されるものも、その点では変らない。搾取するものを取り除いても、搾取されていた者の中から、新たな搾取するものが発生する。それは、幾多の革命の歴史が示すとおりだ。

 では、どうすればいいのか。

 権力を持つものは、手にする影響力が大きいだけ、その分の責任は重い。その分だけ、凡夫であることの自覚が必要だ。その影響力によって苦を生むことのないよう気をつけねばならない。権力者が執着のままに振る舞えば、大変な災厄が撒き散らされることになる。
 (イラク戦争開戦以来、イラク市民の推定犠牲者数は、最低で8万1,632人、最大で112万人だという。『暗いニュースリンク』http://hiddennews.cocolog-nifty.com/ 03/12/2008による。)
 しかし、残念ながら、権力者とて所詮は凡夫、多くは望めない。ブッシュ大統領に王道政治を期待しても笑止だ。

 ひとつの方法は、権力者をルールによって縛ること。例えば、憲法がそうだ。独占禁止法などもそうだろう。相続税や累進性のある税体系によって富の再分配をはかることも必要だ。それでも、権力者は、ルールの不備につけこみ、あるいはルールを破り、さらには自分に都合のいいようにルールを修正して、権力を維持し、搾取を拡大しようとする。搾取される側にも、権力におもねておこぼれに預かろうとする凡夫がいる。本当は搾取されているのに、自分より弱いものを搾取して、勝ち組のつもりでいる凡夫もいる。
 そういう動きに抗して、ルールの完成度を上げて権力者を縛り、権力者の監視を強化していくしかない。妹尾の取り組んだことも、客観的にみれば、これだったと思う。現代社会は依然としてそういうせめぎあいの中にある。強調しておきたいことは、ルールは誰よりもまず、権力者を縛るためにあるということだ。
 三権分立にしても、権力を縛るための仕組みだったはずだ。ところが、実際は、いろいろあっても大きく見れば、補完しあって支配体制を固めているのではないか。マスコミのかなりもまた、支配体制の磐石化に組しているように思える。

 釈尊の教えとは関係がないことを考えてしまった。では、釈尊の教えは、搾取がもたらす社会の苦に対して、なにができるのか? 妹尾が非難する諸仏教教団のように、ただ内面の平穏を説くばかりで、社会悪は放任したまま忍従を強いるのか?
 否、そうではないはずだ。しかしながら、凡夫の執着をそのままにして社会改革をしても、先に言ったとおり、新たな搾取階級が出現するだけだろう。

 思い切ったことを言ってお叱りを受けそうだが、釈尊は、社会の全体を苦から救うことは諦めておられたのではないだろうか。梵天の勧請を受け、説法を決意されたときも、一部には教えを理解できる者もいるだろう、というお考えだった。凡夫の全員を仏にして、社会の全体を変革することは、考えておられなかったと思う。だから、出家を勧め、社会からは適切な距離をとられた。

 では、釈尊の教えは、何人かの凡夫に発心・精進をもたらし涅槃に導くことはできても、社会が構造的に生み出す苦に対しては無力なのか? 釈尊の教えは、 個人を救済できても、社会を救うことはできないのか? もしそうなら、人類のほとんどは、これからもずっと苦にまみれ続けることになるのだが…

 社会の総体から苦を減らすためには、執着を滅するなどということは不可能でも、執着にブレーキをかけるようなパラダイムシフトが、社会に起こらなければならないと思う。

 そんなことができるのか? 釈尊でさえ諦めておられたことが、我々にできるのだろうか?
 釈尊の時代になくて、我々にあるもの。それは科学だと思う。僅かでも可能性があるとすれば、科学を方便として使うことだ。

 笑われるかもしれないが、私は、科学によって、釈尊の教えの最も理解しがたい核心部分、無常=無我=縁起が、わずかずつにせよ納得されやすくなりつつあるように感じている。
 時間や存在は、かつては神話や哲学のテーマだったが、今では物理学の領域になった。私とは何か、という問いも、哲学の領域から、脳科学や認知科学、発達心理学、動物行動学、進化論といった科学の手に移ってきている。かつて釈尊が自分を実験台にし、自分を観察対象にして発見された無常=無我=縁起が、 2500年たって、科学によってようやく少しずつ説明されかけていると思う。

 勿論、科学によって、仏になれるとか、無常=無我=縁起が自分のこととして腑に落ちて納得できるとか、執着を滅尽できるなどと考えているわけではない。 しかし、私とは、確固たる主宰者として持続的に存在しているのではなく、そのつどそのつどの状況に応じた反応なのだ、ということは、これからだんだんと常識になっていくのではないだろうか。ちょうど、相対論や量子論が、理解はできなくとも、どうもそういうことらしい、と受け入れられているように。

 そして、「私とはなにか」という問題に科学がにじり寄っていく歩調に合わせて、釈尊の教えの体系を、それを仏教と呼ぶことには拘らずに、投げかけていくのである。

 執着が苦の原因となっていることは、それほど難しくなく理解できるはずだ。自分もふくめて、なにもかも無常にして無我なる縁起の現象であり、執着してもせんかたないものであることが、なんとはなしに気分として感じられるようにできはしないか? 欲望に突き動かされ、むさぼり、競い合い、浪費することが、つまらないことだ、もっと違う生き方があると思う人が、増やせはしないか?

 無常=無我=縁起がミームとして広まって、世界観・自己観が変化し、パラダイムシフトが起これば、かつて科学が神や自然への畏怖を消し去って人々が欲望・執着のままに振る舞うようになったごとく、今度は、執着することのつまらなさが今よりはひろく共有され、人々の考え方・振る舞い方が変るのではないだろうか?

 釈尊から2500年が経過したが、執着が減ったとは思えない。人々の執着のレベルは、おそらくかつてのままだろう。技術が進歩して影響力が増えた分だけ、作り出す苦の量は増えている。つまり、あえて不遜な言い方をするなら、釈尊をもってしても、社会の苦を減らすことはできなかったのだ。それほど凡夫の執着は根深い。
 しかし、我々には釈尊にはなかった方便手段がある。科学を方便として、世界観・自己観・価値観を変え、パラダイムシフトを引き起こし、人々の行動・思考のパターンを執着に盲従しない方向に、苦を生まない方向に、いささかでもずらしていくことができれば、ひょっとすると少しはましな社会を作っていけるかも しれない。

 思いがけず変な方向に論が進んでしまった。

 搾取による社会の苦を減らすためには、二つの方策で取り組むことだと思う。ひとつは、権力をルールで縛り、しっかりと監視すること。もうひとつは、科学でも何でも、使える方便は何でも使って、無常=無我=縁起をミームとして広め、自己観・世界観・価値観にパラダイムシフトを引き起こし、人々の生き方をわずかでも執着の拘束から解き放つことだと思う。

 ご意見・ご批判、お聞かせ下さい。

2008年3月30日 曽我逸郎